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インパクトファクター

最近、自然科学関係の発表論文の「質」の評価に、インパクトファクターがよく使われるようになった。インパクトファクターとは何であろうか。

このページはwww.nch.go.jp/genetics/で1995年頃から私の退職時2009年まで(さらにはその後の期間)掲載していたページの復刻版である。

インパクトファクターの概略

引用することとされることの重要性

科学(特に自然科学)の分野では、各自の研究成果を論文として印刷公開する。その時に、研究成果に関連する当該研究分野の背景や、研究の基礎となった 従来の研究について、他の論文を「引用」する形で表記し、何が新しい成果であり、従来の知見と何が異なり、また研究を展開するのに従来のどの論文が参考となったかを 明確に示すことが求められている。したがって、発表された論文がその後に他の論文で引用されることは、研究の発展に貢献したものと考えられ、引用回数が多い論文ほど、 科学の発展に貢献し、すなわちインパクトの高い研究であるという考えが成立する。

Dr. E. Garfieldはこの考えを提唱し、実際、米国に科学情報研究所(Institute for Scientific Information Inc.)を1950年代に設立し、 自然科学の専門雑誌(物理・化学・生物学・医学を含む)を収集して、その論文に引用された論文についてデーターベースの構築化を始めた。 毎年1回、科学引用レポート(Science Citation Index、以下SCI)を発行して(2ヶ月毎の速報版もあった。最近ではon-lineでも検索可能)、 発表された論文のリストを作成(Source index)するとともに、その論文での引用を調査し、過去に報告された論文を検索すると、その論文を引用した当該年の論文リストが 判るようなデータベースを作成した。通常の論文では「引用する」という立場であるが、逆に「引用される」という点に着目したデータベースの構築には多大な作業が必要とされるが、 次第に「引用される」データベースの有用性が認識され、最近では、世界中で出版された約4500種の自然科学の専門雑誌について集計され、また過去にも溯って1945年出版分からの データベースができている。なお同社は、社会科学の諸分野に付いても同様な調査をし、Social Science Citation Indexを発行している。(再掲載時 注1)

雑誌ランキング

SCIデータベースを基礎に、専門雑誌別に引用件数を集計した結果が雑誌ランキング表(Journal Ranking Report)として発行されている。 雑誌ランキング表は毎年1回、通常翌年の10月頃に出版され(たとえば1994年の集計がJCR1994として1995年10月頃に)、 その本(最近ではCD-ROMなどの形もある)は翌翌年1月頃に日本に到着する。最近の表ではいくつかの値が省略されているが、そこにはいくつかの値が示されている。
Total Citation:ある雑誌に掲載された(過去にわたるすべての)論文が、その年に発行(かつSCIで採録)されたすべての雑誌に、引用された総件数。
Impact factor: (当該雑誌の、過去2年間に発表された論文が、その年の1年間に発行(かつSCI で採録)されたすべての雑誌に引用された総件数)を (当該雑誌の、過去2年間に発表された論文の総件数)で割った値。
1994年版では
分子=(ある雑誌の、1992年と1993年に発表された論文が、1994年の1年間に発行された、世界中で出版された約4500種の自然科学の雑誌に引用された総件数)
分母=(当該雑誌の、1992年と1993年に発表された論文の総数)
Immediacy Index: (当該雑誌の、その年の1年間に発表された論文が、同じ年の1年間に発行(かつSCI で採録)されたすべての雑誌に引用された総件数)を (当該雑誌の、その年の1年間に発表された論文の総件数)で割った値。どのくらいすばやく引用されるにいたるかの指標となる。 当然、季刊紙よりは月刊誌、さらには週刊誌のほうが高い値を示す傾向がある。
Half life: ある雑誌のTotal Citationに表示された値のうち、50%に相当する分が引用された過去の年数。大きければ、その雑誌に報告された論文の寿命が長いといえる。 (再掲載時 注2)

これらの値のうち、論文引用データベースを提唱したDr. E. Garfieldは、インパクトファクター(Impact Factor, IF)が雑誌の質を反映すると主張している。 当然Total Citationの値は、古くからの伝統があり、発表論文の多い雑誌ほど有利である。(典型的な例はBiochim. Biophys. Acta)。 発表論文件数で除するのは合理的だと考えるが、なぜ過去2年なのか。私見はあるが、いずれにしても、この考えは多くの関係者に支持され、 雑誌のIF値が発表論文の質を表わす1つの指標として今日広く用いられている。
したがって、雑誌のIF値は、当該雑誌に掲載されたそれぞれの論文が、発表後1~2年程度の短期間に、1年当たり引用された回数の平均値に相当する。 値が大きいほど、よく読まれ、反響が大きく、研究の動向を左右し、他者に貢献し、したがって良質な論文を掲載した雑誌であるとみなしうる。

各論文の引用回数とインパクトファクター

図書館(室)などで購入雑誌を決定するときに、雑誌の質を評価するのにIF値を参考とすることは最も合理的であると考える。しかし、それぞれの論文の評価を 引用回数に基づいて行う場合には、本来ならば、各論文ごとに引用回数を集計すべきであると考える。しかし、そのためには膨大な作業を要する。 SCIに採録されている専門雑誌は専門家の査読によってその雑誌にふさわしいとしてパスしたもののみが掲載される。 したがって、その専門雑誌に掲載された論文は、その論文に掲載された論文の引用回数の平均値、すなわちIF値に相当する質を持つという考えに立てば、 発表論文のIF値で代表できるとの考えも成り立つ。しかし個々の発表論文の”質”を、掲載された雑誌のIF値で代表させることにはいくつかの問題がある。まずIF値の傾向を見てみよう。

IF値の傾向と対策 へ続く

再掲載時の補足

nch.go.jp/genetics/ に掲載時には、1998年から2006年版のJournal Ranking Reportを受けて、 関心のある数誌のIF値と動向を補足していた。ここではIF値は省略するが、その時に記載したコメントの一部を記載する

IF2003を受けて:IF2003年版で、IF値がトップ50の雑誌について過去数年分の推移を示す。IF2002以前の値は rounddown してある。(値の表省略) 新規発刊雑誌が目立ちます。上記の50雑誌の内で、CD-ROM版が得られれいる=全データがそろっているIF1994から値が継続しているのは、わずかに28雑誌です。 IF値が上位にランクされる新規発刊雑誌にはNature系が目立ちます。一方、CellはIF1996で40.997を記録して以降、低落の傾向がみられます。出版権を移行した影響?
IF2005を受けて:上位雑誌の値、および平均値で見てもIF値は少しづつ、増加傾向があります。これは、研究活動および発表(活動)が活発化していることを反映していると考えます。 ただ、採録する雑誌はISI社次第ですので、採録範囲を(過剰に)拡大すれば、平均値が低下することもありえます(たとえば、1996年から1997年にかけて?)

nch.go.jp/genetics/ では当初(1994年)からこのインパクトファクターのページを掲載し、私のサイトで最もよく読まれたページの一つであった。インパクトファクターを広めた一人として 当初の意図などを書き残しておきたい気持ちがあり、将来追加したい。その予告ではないが、次の点をここに記しておきたい。
私が最初にSCIとかJRRを学んだのは、大学院を修了した1976年に行った国立遺伝学研究所で、木村資生先生(進化の中立説)から学んだ。1981年に留学した米国コールドスプリングハーバー研究所の 図書館にはSCIがあり、関係分のIF値などをコピーした(IF1980,1981)。帰国してからも度々CSHLを訪問する機会があったが、その度に同図書館で資料をコピーさせてもらった。 そのおかげで1985年版以降のJRR全データが手元に残り(データベースを構築していた)、また1994年版以降はCD-ROMを購入してきた。IF値に関心のあった諸先生方に、 関係雑誌のIF値を個人的にお伝えしていたことも多かった。