プロフィール 1985年から1995年頃まで
国立小児病院小児医療研究センターおよび国立成育医療センター時代の研究部のあゆみ。1995年頃まで。nch.go.jp/genetics/に掲載していたページの”復刻版”
先天異常研究部の歩み
先天異常研究部は「遺伝その他による先天異常の調査研究に関することをつかさどる」と厚生省組織規定に記載されている。昭和59年10月に研究センターが発足したときに 開設された4研究部の1つであるが、実体としては昭和60年4月頃から研究活動に入った。
初代の中込弥男研究部長は、国立小児医療研究センター研究所専門部会のメンバーで、設立にも関与され、国立遺伝学研究所人類遺伝部門教授から転任された。 中堀豊研究員は国立遺伝学研究所の助手から中込先生と伴に転任した。飯沼和三奇形研究室長はアラバマ州立大学から着任したが、それより前に国立遺伝学研究所で中込 研究室のスタッフであったことがある。山田正夫遺伝染色体研究室長は、同じく国立遺伝学研究所から転任したが、遺伝学研究所在籍中は微生物遺伝部門に属し、 共通する趣味としての写真を通して中込部長と交流はあったが、研究では直接 の関係は無かった。微生物遺伝部は1977年に大腸菌複製開始点をクローニングすることに成功するなど、 我が国で最も早くクローニング技術を取り入れた研究グループの1つであり、山田も当時その技術を取得し、さらに米国へ留学して哺乳動物細胞を用いた実験に従事していた。 中込部長は人類遺伝学の分野で、主として染色体分染法の手法を用いた解析で業績を あげられていたが、DNA解析法を取り入れて一層の発展を考えられていた。 そこで、DNAの専門家として山田に参加を求められた。一方、山田も、それまではヒトや病気を研究対象 にしていなかったが、もはや大腸菌を対象とする実験系に戻る気が無く、 高等生物でDNA関連技術を展開したいと考えていたので、喜んで先天異常研究部に参加した。
昭和59年10月に組織が発足したが、急いで着任する必要は無いとされた。実際、山田は昭和60年1月末に帰国し、31日の1日間だけ国立遺伝学研究所に復職し、 2月1日付けで転任辞令を受け取って小児医療研究センターへ来たが、全くがらんどうで、ただ実験台のみが設置されていたのには大変驚いた。 予算規模も、当初設備費 が5億円と聞かされていたのに、実際には総額1億6千万円で、共通機器に4千万円、各研究部(4部)に3000万円の配分となり、 先行きに不安を感じさせた。それでも何とか機器などを購入し、4月1日にはゲル電気泳動をして実験できることの喜びを分かち合った。
中込弥男部長は平成3年4月から研究センター長に就任され、また平成4年4月には東京大学大学院国際保健学人類遺伝教授として転出され、 山田が後任の部長に就任した。( 中込先生はその後、日本人類遺伝学会理事長を務められ、また東京大学を定年退官されている。中堀研究員は在職中に英国留学し、 帰国後、遺伝染色体研究室長に昇任し、さらに、東京大学助教授として、再び中込教授の教室を支えた。(その後 徳島大学医学部衛生学教授)
山田が1992年4月に部長となって以降、田所惠子研究員、永渕成夫遺伝染色体研究室長を採用したが、平成6年度に永渕室長と飯沼室長が辞職され、 平成7年度に宮下俊之室長、奥山虎之室長を迎えた。
遺伝染色体研究室では、いわゆる遺伝子工学の手法を用いてヒトの遺伝子と遺伝子の高次構造である染色体の構造と機能を解析し、もって病態の解明と予防・診断への 応用を図ることを目指している。中込・中堀グループは主としてXとY性染色体について研究を行っていた。山田のグループは、DNA多型、小児固形腫瘍に関与するオンコジーンと がん抑制遺伝子について研究し、さらには各種の遺伝病に関与する遺伝子について研究している。奇形研究室では、飯沼室長の時期は臨床奇形学を中心に研究し、 また病院で遺伝相談を担当した 。奥山室長になってから、主として遺伝子治療を目指した研究を行ってきた。また最近の遺伝子解析における倫理の問題も考慮し、 国立小児病院で遺伝相談外来を再開し、奥山が担当してきた。
2002年3月1日に、国立小児病院は国立大蔵病院と統合され、厚生労働省下の5番目のナショナルセンター 国立成育医療センター に改組された。 それにより 国立成育医療センター研究所 成育遺伝研究部となった。奥山室長は病院部門の遺伝子診療科医長に配置換えになり、臨床での遺伝子診断などを担当している。 宮下室長、田所研究員は研究所に残り、現在の職員構成となっている。
主要な業績 開設以来10年間(1995年まで)
(1) Y染色体の巨大単純反復配列(DYZ1)の塩基配列を決定し、男女の性判別に有効なプローブとPCR条件の開発に貢献した。男女の性判別は、伴性遺伝に関係して
遺伝病研究に重要な点であり、また法医学の分野でも重要で、現在、世界中で最も頻繁に使用されているのは、DYZ1、AML、SRYであり、前2者は当研究部の成果に基づく。
Nakahori, Y.; Mitani, K.; Yamada, M; Nakagome, Y. : A human Y chromosome-specific repeated DNA family (DYZ1) consists of
a tandem array of pentanucleotides. Nucleic Acids Res., 14: 7569-7580, 1986.
(2) X染色体上のアメロゲニン遺伝子を単離し、塩基配列を決定し、歯のエナメル質形成不全症の責任遺伝子であることを明らかにした。また、Y染色体上の
アメロゲニン様遺伝子を同定し、男女の性判別に有効なPCR条件を決定した。
Nakahori, Y.; Takenaka, O.; Nakagome, Y. : A human X-Y homologous region encodes amelogenin.
Genomics 9: 264-269, 1991.
Lagerstrom, M.; Dahl, N.; Nakahori, Y.; Nakagome, Y.; Backman, B.; Landegren, U.; Pettersson, U. :
A deletion in the amelogenin gene (AMG) causes X-linked amelogenesis imperfecta (AIH1). Genomics 10: 971-975, 1991.
(3) 神経芽細胞種においてしばしば増幅し、予後との相関が指摘されているN-myc遺伝子について研究し、増幅の検出法の開発、増幅単位の構造、新しい多型、
機能について新しい知見を得た。
Kurosawa, H.; Yamada, M; Nakagome, Y. : Restriction fragment length polymorphisms of the human N-myc gene:
Relationship to gene amplification. Oncogene, 2, 85-90, 1987.
(4) 小児の腎芽腫であるウイルムス腫瘍の1つの責任遺伝子であるWT1における変異を検索し、新しい変異を見出すと伴に、日本人のウイルムス腫瘍ではWT1変異が 相対的に多いのは、WT1以外の責任遺伝子の関与が少ないため、発症率が低いからであるという仮説を提唱した。
(5) ヒトIGF2遺伝子の転写領域にPCRで検出可能な多型を見出し、ヒトにおけるインプリンティング研究の発展に貢献した。
Tadokoro, K.; Fujii, H.; Inoue, T.; Yamada, M. : Polymerase chain reaction (PCR) for detection of ApaI polymorphism
at the insulin like growth factor II gene. Nucleic Acids Res., 19, 6967, 1991.
(6) 遺伝性神経変性疾患の1つである歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)がトリプレットリピートの伸長に起因することを見出した。また責任遺伝子、蛋白質などを同定し、
DRPLA遺伝子に関する研究をリードした。
Nagafuchi, S.; Yanagisawa, H,; 省略; Yamada, M. :Dentatorubral and pallidoluysian atrophy expansion of an unstable CAG
trinucleotide on chromosome 12p. Nature Genet., 6, 14-18, 1994.
Nagafuchi, S.; Yanagisawa, H.; Ohsaki, E.; Shirayama, T.; Tadokoro, K.; Inoue, T.; Yamada, M. : Structure and expression
of the gene responsible for triplet repeat disorder, dentatorubral and pallidoluysian atrophy (DRPLA).
Nature Genet., 8, 177-182, 1994.
Yazawa, I.; Nukina, N.; Hashida, H.; Goto, J.; Yamada, M; Kanazawa, I. : Abnormal gene product identified in hereditary
dentatorubral pallidoluysian atrophy (DRPLA) brain. Nature Genet., 10, 99-103, 1995.