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対立遺伝子 アレル

染色体上、あるいは連鎖地図上で、同一の座(座位 locus)を占めることができる遺伝構成要素が複数存在する場合、 その一つの型をいう。

対応する英語は allele アレル
allele の訳語を ”対立遺伝子” としたことで、今日、やや混乱を招いている。

講義などで allele 対立遺伝子 に触れる時に、「(倍数体の)2個1組の遺伝子セットのうち、一方の遺伝子を対立遺伝子と呼ぶ。」 と 簡単に説明してしまうことがある。また、著作物、あるいはこのWebサイトでもそのような記述をしている可能性はある。 しかし、そう説明すると同時に、「このような説明はまずいな」 と以前から思っていた。 特に最近、若い人と会話したり、発表を聞いたり、論文(投稿論文の査読を含む)を読まされる時、 おかしな表現に遭遇することが時々ある。つまり、現在の多くの研究で見られるように、
塩基配列レベルで対立遺伝子を規定する場合、対立遺伝子には 機能単位としての遺伝子の概念は伴わないのだ。
しかし、alleleの訳語として、”対立遺伝子”と、遺伝子を含む用語としてしまったために、日本語を使う研究者や関係者(の一部?)に、 alleleとgeneの関係があいまいになってしまっている。

上に記載した私の定義ではわざわざ、”遺伝構成要素”とした。たかが約100年間ではあるが、研究の歴史の一定期間、 確かに 「遺伝子」レベルで複数個 という概念であったのは事実である。しかし、遺伝子の物質的実体である核酸(DNA)について 塩基配列レベルで解析できるようになり、現在では、変異や多型の アレル は塩基配列の違いとして記述できるようになってきている。 極端な例を示すと、一塩基の違いでも可能である。一方がAヌクレオチドで、他方がGヌクレオチド ということで可能である。 ただし、これだけではどこのAとGなのか不明であるから、アクセッション番号を付記して登録された塩基配列を記載し、 その何番目であるとか、あるいは周辺の塩基配列を付記して検証可能な状態とすることが必要である。

英語では、alleleとgeneは全く別の概念 (用語) として導入・維持されてきたので、問題を生じることなく推移してきている。 一方、日本語では、訳語の影響が大きく、対立遺伝子と遺伝子の区分が明瞭ではないところがある。

専門辞書における記載事例の検証  2019年転記の際に省略した

allele 語源と由来

Mendelの論文が1900年に再発見され、近代遺伝学が始まった。1902年から1909年にかけて、W. Batesonらは、 そもそものgenetics 遺伝学 を初めとし、homozygote ホモ接合体、heterozygote ヘテロ接合体 など、 遺伝学の基本的な用語を提唱・導入したが、その1つに allelomorph がある。 一方その頃、W. Johannsenも基本的な用語を提唱しており、gene 遺伝子もその1つであり、allel(ドイツ語で)も含まれる。 その後、両用語の競合?はどのような展開であったか不明だが、結局 allelomorphよりalleleの使用が多く、 今日まで残ったのがalleleである。allelemorphは一見死語のように思われるが、 PubMedでallelomorphを検索すると、56,087件ヒットし、(alleleは90,226件 注1)、MESH用語に採録され、 (自動)置換されているように思われる。

遺伝子の物質的な実体が核酸であることが実証されたのは1944年のことであり、まして塩基配列の差を検出できるのはずっと後のことである。 1900年代前半には、遺伝子=遺伝現象を担う(最小)単位は粒子状であるとも、あるいは蛋白質であるとも考えられていた時代である。 従って、異なる形質を規定する異なるalleleは、今でいう遺伝子の単位で考えられていたことも事実である。 よって、alleleが翻訳された時期(多分、明治時代と思われる)に「対立遺伝子」としたことは理解できる。

Bateson W and Saunders ER (1902) Experimental studies in the physiology of heredity. Rep. Evolut. Comm. roy. Soc., Rep. I, pp. 160. など
Johannsen W. Elemente der exakten Erblichkeitslehre. Fisher/Jene.
Avery OT, Macleod CM, McCarthy M. (1944) Studies on the chemical nature of the substance inducing transformation of pneumococcal types. Induction of transformation by a deoxyribonucleic acid fractio isolated from Pneumococcus Type III. J. Exp. Med. 79, 137.

対立遺伝子 アレル allele の用法

ABO式血液型のa対立遺伝子という表現では、対立遺伝子用語に遺伝子単位という概念が付随している。 表現型に対応する対立遺伝子として規定されているからだ。 塩基配列レベルで 規定する場合には、aアレルをさらに細分化して定義されている。

DNAの塩基配列レベルでアレルを規定するような場合、たとえば、SNPsなどのDNA多型によるアレルを用いる場合、 どのような用法なのだろうか。最近ではロボット収集型の検索サイトの有効性が示され、 サイトの検索=いわゆるホームページの検索 に威力を発揮しているが、同時に、インターネット検索は  用語の使用法を調べ、またチェックするにも極めて有効になっている。この方法による使用例の検討。。以下は2019年転記の際に省略した

このように、alleleはgeneと関係を持ちつつも、geneとは異なる概念として確立してきていることに注意してほしい。 今日では単に type とか form で置き換えできるような使用法である。 ただし、常に、which could occupy a given locus という概念が付随する。

対立遺伝子を (単に)遺伝子と略さない

最近(注 2008年頃のこと)では、正常集団とある病気の患者集団について、SNPsなどのDNA多型を解析し、 病気になりやすさを求める研究が盛んになってきている。集団についてのDNA多型と疾患との相関研究である。 そのような研究の発表会に、ある研究代表者が、「遺伝子のある人は病気になりやすく、遺伝子の無い人は病気になりにくい」という発言を繰り返していた。 90年台の終わり頃なので、相関研究のはしりの頃である。 私を初め、多くの関係者が違和感を感じたのは言うまでもない。ただ、その会場では、誰も面と向かって指摘しなかったが。

対立の意味

訳語の対立の意味についても追加しておく。 相同染色体=つまり2本並べた染色体の 対応する遺伝子 というような説明 は簡易であるが、厳密ではない。 まして、対応する遺伝子が同じか、異なるかは問題ではない。同一の対立遺伝子を持つ個体をホモ接合体というくらいである。 対立とは、同一の座を占めることのできる という観点で、遺伝子プール全体から見て座を 奪い合う、取り合う、という意味であり、 対立=競合 していることを表現しようとした訳だ。遺伝子機能の点からは 対立する場合もあり、また、協調する場合もある。