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死因の統計学

本日(20190715)朝日新聞に 『老衰で亡くなる人が増加、死因の3位に 超高齢化が要因』 という記事が掲載された。 また、先日、読売新聞に 『「心不全」「呼吸不全」、訃報欄にあるけど、本当の死因は?』 という記事が掲載された(2019年7月8日)。 本格的な(少子)高齢化時代に入り、我が国では年間死亡者数が130万人もに及ぶ今日(136万5千人、平成 30 年(2018)人口動態統計の年間推計 厚労省20181221発表)、 人々は死因に高い関心を持つのだろう。
人口動態統計における死因の統計について、少しだけ記載する。

(1) 死因の同定(実は分類)は本質的には難しい問題である。「死亡診断書」(通常は担当医が記載する)の死亡原因の書き方に依存し、 また、それに基づいて集計する厚労省担当者の判断に依存することになる。

(2) 死因には事故等が含まれるので病気に限らないが、死因の多くは病気の名(病名)が付される。 病名の付け方自身に多くの問題があり、さらにそれをある種の統一した分類体系とするにはさらに困難な問題を伴う。 根本的には、分類という「哲学」の問題に至るのだが、そこまで考えている日本人研究者・医師は少ないだろう。

(3) 生きている間の「診断」は解析的であり、解析結果に基づく病気の同定から治療法を適用(あるいは模索)し、 患者を治療・治癒したいとする誘因が作用する。これは西欧医学の、あるいは現代科学の基本である。 それに対して、死因の記入にあたって医師は、遺族の感情に寄り添うことを優先する傾向が極めて大きい。

こうした諸バイアスを含んだ死因統計だという理解が必要である。それぞれについて順次記載していく予定だ。

統計において、条件変更などの人為的な影響は明記すべき

本日の記事に対して急いでこの記事をアップロードした理由を付す。
朝日新聞の記事に含まれる図は厚労省発表のグラフからの転記であろうが、重要な点が一つ欠けている。 平成6年1994年頃に「心疾患」が大きく減少したが、これは人口動態の反映ではなく、人為的な影響である。 この時、WHOが勧告する 国際疾病分類 ICD がICD-9からICD-10へ移行したことに伴って死亡診断書等が改定され、 その時、厚労省が死亡診断書の書き方の改善を求めたからである。(私が知る限り)厚労省発表のこうした資料には、以下のような文を付属させている。

平成6年の心疾患の減少は、新しい死亡診断書(死体検案書)(平成7年1月1日施行)における「死亡の原因欄には、 疾患の終末期の状態としての心不全、呼吸不全等は書かないでください。」という注意書きの事前周知の影響によるものと考えられる。

統計において、条件の変更等の”人為的な影響”があった場合にはそれを明記することが正しい統計の理解に必須である。 この点で、そうした注意事項を付記しない形で引用した朝日新聞の統計グラフは欠陥品である。 毎月勤労統計を批判する立場なら、この指摘を理解できるだろう。

付記

上記(1)について
現在の死亡診断書(死体検案書) の様式では 「死亡の原因」 の欄が設けられ、まずI、II、手術、解剖 の4行に区分されている。 その内Iの行はアからエまでの4行に区切られ、アに直接死因を記載し、イの欄に アの原因、ウの欄に イの原因と順に原因をさかのぼっていくスタイルとなっている。 IIの行は「直接には死因に関係しないがI欄の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等」を記す乱となっている。

基本的には、死亡診断書はA3用紙の右半分となっており、その左半分の死亡届に遺族が記入して市町村役場に提出する。 市町村役場では、その内容を「死亡票」に”書き写し”て管轄保健所に提出し、チェックを受けて、都道府県レベルに集められ、厚労省に送付されるという流れらしい。 余分なことだが、ここでも電子化の流れにはなっていないようだし、電子カルテから打ち出された死亡診断書を市町村役場が受け取らなかったなどという事例があるようだ。 それはさておき、いくつもの欄に記載された病名のどれを人口動態統計に採用しているのか、一定の基準は設けられていると思うが、詳細は知らない。

いやむしろ、死亡診断書の様式はそうなってはいるが、特殊な場合は別として、詳細には書かないという話をよく聞いていたし、実際私の近親者の 死亡診断書はあっさりとした記述であり、生前本人や担当医から聞いていた内容を私ですら追加記入できそうなことは多々あった。これも上記(3)の担当医の 配慮であると受け止めている。

追記 新型コロナウイルスに関連して

2020年初から春にかけ全世界で猛威を振るう新型コロナウイルス (ウイルスの正式名称SARS-Cov-2、それによる病気をCOVID-19とWHOが命名)に関係して、以下の報道があった。
異常に低いロシアのコロナ致死率、「遺族」も異議』  ロイター 2020年5月21日 抜粋して引用  今月ロシアの首都モスクワの病院で、リュボフ・カシャエバさんが74歳の生涯を閉じた。 彼女は2回、新型コロナウイルスの検査で陽性反応が出ていたが、公式の死因とされたはコロナではなく、患っていたがんだった。(中略) カシャエバさんのように、新型コロナに感染して亡くなりながら、 死因は別の理由とされた人はロシアで何千人にも上る。同国の新型コロナ感染者数は29万9941人と世界第2位だが、死亡者は2837人で、米ジョンズ・ホプキンス大学によると、 10万人当たりの致死率は1.88人にとどまる。米国の27.61人、英国の52.45人と比べるといかにも低い。ロシアは、こうした死亡者の算定方法は妥当だと主張している。 モスクワ当局の新型コロナ感染症の検死に関する指針を策定した病理学者Oleg Zairatyants氏はロイターに「われわれは新型コロナの特徴を熟知している」と語り、陽性判定されたのに コロナによる死亡とされていない点を問われると、検死結果は客観的だと強調した。(中略) <恣意的判断> モスクワ市は、4月に死亡した新型コロナ感染者の60%余りについて、 死因は新型コロナと別だと認定している。心臓発作や脳卒中による血管破裂、あるいは終末期の各種悪性疾患といった、明らかに別の病気があったからだとしている。引用終了 
こうした見解の当否は別として、どんな統計においても、表面的な数字だけで判断するのではなく、数字の算定根拠などを充分に吟味し、理解して判断する必要がある。
我が国においても、いわゆるインフルエンザ(季節性インフルエンザ)によって年間約1万人が死亡するとされ、私もそう思ってきた。近年の人口構成の高齢化により、年間死亡者数は 2003年に100万人を超え、2019年には137万人にまで増加する状況である。しかし、最近の新型コロナ報道のなかで改めて 人口動態調査の結果を見ると、「感染症分類別にみた性別死亡数及び率(人口10万対)」 In504_インフルエンザ(鳥インフルエンザ及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)は2569人となっていた。季節性インフルエンザの流行は年によって大きく異なるが、それにしても 少なすぎる。これはインフルエンザが遠因となってはいても、「肺炎」など別の死因に分類されている人がいるためと考えられる。