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ホモロジー 遺伝用語概念の変遷に見る学問の発達

遺伝学・分子生物学の分野では、塩基やアミノ酸の配列が似ていること、さらには、配列の類似性に基づく、遺伝子・蛋白質などの類似性をいう (注1)

ホモロジーの用語が初めて生物学に導入された時には、共通の祖先や共通の機構に基づく根源的な類似性のことをホモロジー homology と呼び、 それに対する単なる類似性アナロジー analogy として、両者を区別する概念であった。
したがって、遺伝学・分子生物学分野の辞書でも、ホモロジーの解説に、「共通の祖先に由来する」という記述が付いている場合が多い。 配列などが(単に)似ているという今日の用法を誤用とする立場もある。(文献1) 私は誤用とまではいわないが、本来の「ホモロジー」の概念に留意する必要があると考えている。 また、進化論に関係するため、 (進化論を認めない保守キリスト教が多い)米国などでは、ホモロジーの用語をめぐって議論が絶えない。

英語 homology は、相同 と訳される。学術用語集遺伝学編
ホモロジーのある状態 形容詞 ホモロガス homologous
ホモロジーを持つもの 名詞 ホモログ homologue (英語表記) homolog (米語表記)

英語 ホモロジーの語源

homologyの homoは 「ホモ、ヘテロ、ヘミ と 接合体、接合性」で解説したように、 ギリシャ語のhomoに由来し、同じ(same)という意味であり、-logyは、biologyに見られるように、論理・学問・科学を示す。 ラテン語homologiaを経て英語に導入された。

形態学に導入された当初の概念 ホモロジーとアナロジー 相同と相似

近代生物分類はリンネによって体系化され(18世紀)、19世紀にさらに進展した。 分類の基本は、特徴を比較し、同じ性質を持つものをまとめることである (分類学)。 19世紀当時、観察比較できた事項はほとんどが形態学的特徴であったが、比較解剖学や発生過程を追う発生学なども確立し、 より根源的な類似性を求めるようになってきた。
たとえば、牛馬のような動物の足と、昆虫の足(歩脚)は、歩くという機能については同じことをしている(ように見える)が、 構造的には大きな違いがある。基本的に、内骨格と外骨格の違いがある。 足が体に付いている位置と構造についても大きな違いがある。
一方、牛馬の前足(前肢)、ヒトの手腕、こうもりの翼は、一見すると構造も異なり、機能も異なる。 しかし、解剖して骨格を比較すると、驚くほど構造が似ていることに気づかれる。 さらに、鳥類の翼も骨格構造が良く似ている。 Googleで pentadactyl 五指性 を画像検索すると、多数の参考図が得られる。
このような事実から、動物の足と昆虫の足のような類似をアナロジー 動物の前肢と鳥類の翼のような根源的な類似をホモロジー  と区別することが提唱された。(R. Owen 1840)

アナロジーとホモロジーを区別しようとする概念は、その後、生物学において極めて重要な概念として確立することになるのだが、 歴史的には多少皮肉な結果ともいえるかもしれない。 というのは、根源的な類似を求めるにしても、その根拠をどこに求めるかということが問題となる。 オーウェンは、外見上の形態類似より、たとえば、比較解剖学や発生過程における骨格構造を重要視したのだが、 結局、より根源的な根拠は進化に求められていくことになる。生物分類も、進化を反映させる系統分類学となっていく。 ダーウィン C.R.Darwin は1859年に「種の起源」を出版したが、オーウェンは頑強な進化論反対論者であった。 ホモロジーが先か、進化系統が先か、という議論もあるが、これは学問が一直線に進展するのではなく、 お互いフィードバックしながら展開していく例であると考えたい。

アナロジーは 相似と訳されている。学術用語集遺伝学編  ちなみに、 幾何学(図形)における合同と相似は、英語でcongruent (名詞形はcongruence)とsimilarである

遺伝学・分子生物学の発展による ホモロジー概念の変遷 初期の頃

DNAの塩基配列決定法は1977年に報告されたから、それ以前には、(塩基)配列レベルでの「ホモロジー」の概念は無かったと思われる かもしれないが、60-70年代にも配列レベルでのホモロジーの概念は存在した。

1970年代までの配列決定法: Maxam-Gilbert法(文献2)が開発される以前は 、DNAよりRNAの配列決定の方が(相対的に)容易であり、 相当の長さのRNAについても配列が決められていた。実際、tRNAの塩基配列 が決定されたのは1965年のこと(文献3)であり、 それによってHolleyは1968年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。(注2)  また、グロビンのように、蛋白を材料にして限定分解とペプチド解析によってアミノ酸配列が決定された蛋白質もある。 しかし、1970年代までに決定された塩基配列およびアミノ酸配列は極少数に過ぎなかった。

1950-60年代の、WatsonとClickによるDNAの2重らせん構造、遺伝暗号の解読によって、遺伝情報はDNAの塩基配列に刻まれているという理念は確立していた。 しかし、塩基配列を決定することは大変困難であった 。それでは、70年代までの時期、どのような方法で、塩基配列の類似性、すなわち配列の「ホモロジー」を検出していたのだろうか?

DNAは2本鎖であり、解離させた1本鎖は相補的な配列を持つ鎖と再会合できる。 つまりハイブリッド形成 ハイブリダイズである。1本鎖と2本鎖の吸光度が異なることに着目した解析(コット解析など)や、 RI標識した核酸を用いてハイブリダイズの程度を測定した。このような技法によって、配列を明確に決定できる以前から、 配列間の類似性を解析(測定)することが可能であった。反復配列の概念は、実際の配列が明らかになる前に提唱・確立している。
たとえば、Brittenらは repetitious DNA あるいはrepeatという用語を導入した点で、 さらに、(そうした)反復配列は普遍的に存在するという点で パイオニアであり、引用数の多い論文 Citation Classic にも選ばれている (文献4)。 類似性を持つ配列が多数存在するという概念は 別の研究者からも指摘されていた。サテライトDNA。

このように、実際の配列が明らかとなる前から、配列レベルの類似性を「予測・推定」し、類似性の高い配列に「ホモロジー」の概念をあてていた。 たとえば、細菌とバクテリ オファージの分野における溶原化や、形質転換ファージなどから、組換えの分子機構の1つとして、 相同組換え homologous recombination の概念も確立していた。たとえば文献5の総説に、Prerequisite for recombination: The state of donor DNA Genetics homology and transformation frequency という記述が見られる。

ホモロジーの定量的表現

もう1点指摘しておきたい。形態学におけるホモロジーは、あるかないか 二者択一であるとする。 それに対して、上記のようなハイブリダイズによる類似性は、定量的 な結果を得ることができる。 従って、ホモロジーの程度を示す表現、ホモロジーが高い とか ホモロジーが低い とか、 さらには80%のホモロジーなどという定量的な表現が 生まれてくることになった。これは、今日の配列の並び(alignment)における表記に受け継がれている。

研究者の世代間に ホモロジー概念の違いがある

私自身は団塊の世代で、1971年から研究を開始した。大腸菌遺伝学に携わっていた頃、正直言ってこの問題を意識したことは無く、 コンピュータによる配列間のホモロジー検索が広く普及した1990年代に、ようやく問題意識を持つに至った。 同世代の何人かの研究者仲間に問うたことがあるが、私と同様に意識していなかったという意見が多かった。 私は若い頃に 70%ホモロジーなどと定量的に表現して叱られた記憶もある。 だから、私より少し上の世代の 分子生物学が遺伝学を席巻する以前の遺伝学を担った遺伝学者達と 私たち世代の間に少しギャップがあった。 さらには、私たち世代からもう少し下の世代、つまり、研究を開始した時すでにDNA配列があふれている世代、さらには情報からバイオインフォマティクス分野に 加わった研究者層との間には homology概念に さらに大きなギャップがあるのだろう。
このようにホモロジー概念は、学問の変遷を知る一つの好例である。
このページの最後に HotchkissとGabor の総説(文献5) に記述された (当時=1970年からの)”将来への見通し”について掲載しておく。
It is reasonable to expect that synapse and recombination frequencies will be affected by the degree of homology between the interacting DNA's. It has for some time been qualitatively concluded that high intertype transformability is associated with close taxonomic relationship, and it has been further suggested that such reIationship is manifested in portions of the genome preferentially conserved during evolution. Results and conclusions from studies of homology have received different emphasis depending upon whether many recipients (rarely available), or many DNA's were used, and particularly upon whether the DNA's came from several widely different species or few, and what markers were studied.

文献

このページでは 文献は重要であるので、右の「注釈・補足など」に入れることなく、ここに記述しておく
1.  King RC, Stansfield WD, Mulligan PK A Dictionary of Genetics, 7th Ed. Oxford University Press, 2006
homology: the state of being homologous. In molecular biology, the term is often misused
when comparing sequences of nucleotides or amino acids from nucleic acids or proteins
obtained from distantly related species. In such instances it is preferable to refer to sequence identities or similarities rather than "homologies."
2.  Maxam AM, Gilbert W. A new method for sequencing DNA. Proc Natl Acad Sci USA. 74, 560-564, 1977. Sanger F, Nicklen S, Coulson AR. DNA sequencing with chain-terminating inhibitors. Proc Natl Acad Sci USA. 74, 5463-5467, 1977.
3.  Holley RW, Apgar J, Everett GA, Madison JT, Marquisee M, Merrill SH, Penswick JR, Zamir A. Structure of a Ribonucleic Acid. Science 147, 1462-1465, 1965. 
4.  Britten RJ, Kohne DE. Repeated sequences in DNA. Hundreds of thousands of copies of DNA sequences have been incorporated into the genomes of higher organisms. Science 9, 161, 529-540, 1968.
5.  Hotchkiss BD, Gabor M Bacterial transformation, with special reference to recombination process. Ann. Rev. Genet. 4, 193-224, 1970