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優性遺伝病と劣性遺伝病がある理由

このような表現における 優性 劣性 の用語(訳語)が必ずしも適切ではないことは別に記載しました。私の定年退職後、関係学会で これらの用語を変更する動きがあります。ここでは一応 優性 劣性 を用いて説明します。

二倍体生物 diploid

まず、ヒト(および多くの高等生物)は有性生殖によって子供をつくります。遺伝子も父親と母親の両方から受け継ぎますが、 遺伝子を安定に伝えるために、特別な仕組みを持っています。つまり、個体では2個1組として持っている遺伝子セットを、 子供に伝える時には1セットだけにして伝えるという仕組みです。
遺伝子を父親と母親から受け継ぐ時に、父親の遺伝子全部と母親の遺伝子全部を子供に渡したらどうなるでしょうか?  子供の遺伝子は親の倍量になってしまい、世代を経るとますます増加してしまいます。そうならないような仕組みとなっているのです。 それぞれの親が子供に遺伝情報を伝えるため、特別な細胞を作ります。父親の場合は精子、母親の場合は卵子で、これらを配偶子と呼びます。 精子と卵子が合体して受精卵となり、命が始まります。父親と母親で、これらの配偶子を形成するときに、遺伝子の総量を半分に、 つまり遺伝子セットを1組にする仕組みが減数分裂です。高等生物では、配偶子は1倍体で、合体して個体を作ると2倍体となります。 普通に思い浮かぶ動物(たとえば哺乳動物)では、配偶子の時期はほんの短い間だけで、配偶子(配偶体)を特別な細胞と考えがちですが、 生物全体を見ると、1倍体でいる時期と2倍体でいる時代を交互に繰り返しているような生物もいます。植物のコケなど。

哺乳動物の場合、性染色体だけは少し違った伝わり方をします。雌(女性)はX染色体を2本持っています。 性染色体以外の染色体、これを常染色体と呼びますが、雌のX染色体は常染色体と同様に、父親と母親のそれぞれから1本ずつ受け取ります。 それに対して、雄(男性)はX染色体1本を母親から受け継ぎ、Y染色体は父親から受け継ぎます。

対立遺伝子 allele

簡単に説明すると、2個1組の遺伝子セットのうち、一方を対立遺伝子と呼びます。 ただ、この説明は誤解を招く表現で、今日では、塩基配列レベルの差異で規定されることが多く、必ずしも遺伝子レベルである必要はありません。 専門辞書や研究者でも誤解があるようです。詳しくは、対立遺伝子のページを参照ください。
私の定義 「染色体上、あるいは連鎖地図上の、同一の座(座位)を占めることができる遺伝構成要素が複数存在する場合、 その一つの型をいう。」

メンデルの法則

優性 dominant  劣性 recessive の概念を最初に提唱したのは、メンデルの法則を明らかにしたメンデル Mendelです。 メンデルはエンドウマメを使って法則を明らかにしたのですが、ここでは、皆様になじみの深い血液型で説明します。
血液を混合した時に固まる(凝固)かどうかという点で区別され、それは輸血の場合大きな問題となりますから、 古くから(100年前)知られており、最もよく知られているのは ABO式血液型で、A型、B型、AB型、O型に分けられます。 個体を観察(多少の実験を含む)して区分できる形質の違いを 表現型 phenotype と呼びます。
このように、同じ生物種でも、ある形質(遺伝的な性質 character) に違いがあること   (ここでは、ヒトという生物種のABO式血液型に、A型、B型、AB型、O型という違いがあること。種類とかタイプといえる) を  遺伝的多型 あるいは単に多型と呼びます。いわば、遺伝的な個人差 (個体差)のことです。 血液型には、他にもRh型など多数の種類が知られており、それぞれの血液型が 1つ1つの形質です。

メンデル遺伝法則の対立遺伝子レベルの説明

ABO式血液型がメンデルの遺伝の法則に従っていることが理解されると、この表現型(A型、B型、AB型、O型)の伝わり方は、a, b, oの 3種類の対立遺伝子の組み合わせで説明できることがわかりました。

対立遺伝子  a  o  b
  a   aa A型  ao A型  ab AB型
  o   ao A型  oo O型    bo B型
 b   ab AB型   bo B型   bb B型 

上の表で、対立遺伝子の組み合わせ、たとえば aa とか ao を 遺伝子型 genotype とよびます。 表現型としてのA型はaaとaoの2種類の遺伝子型があり、B型はbbとboの2種類の遺伝子型があり、AB型とO型は、それぞれ、abとooの1種類の遺伝子型だけです。

このとき、aとoの両方の対立遺伝子を持っている人(ao遺伝子型の人)は、aa遺伝子型の人と同じように、表現型はA型です。 このように、o対立遺伝子は、a対立遺伝子が同時にあると、(a対立遺伝子のかげに隠れたごとく) 表現型に影響を及ぼさないので、 「o対立遺伝子は a対立遺伝子に対して劣性」であると言います。 逆に、a対立遺伝子は、o対立遺伝子が同時にあっても、a対立遺伝子の効果が表現型に表れますから、 「a対立遺伝子は o対立遺伝子に対して優性」であると言います。 このように、優性・劣性は、一方が他方に対しての効果を示しますので、どちらから考えるかによって  (主語を替える) 逆になります。

優性・劣性は、このように、対立遺伝子相互の効果について記述するのに適しています。 しかし、表現型相互の比較について、優性・劣性と表現することも可能です。 メンデルがエンドウマメを使用して法則を明らかにした時には、今日我々が知っている、倍数性 (たとえば二倍体)、遺伝子、対立遺伝子などの概念はありませんでした。 メンデルが実験に用いたエンドウマメは 長い世代自家受粉をして得た 純系 を用いており、 (今日の概念でいう)遺伝子型がaaとかbbとかooというように揃った、ホモ接合体を実験に用いました。 ですから、 メンデルは、エンドウマメの色とか丸・しわ というような表現型について、優性あるいは劣性という記述をしました。 血液型に置き換えれば、「表現型としてのQ型は A型に対して劣性である」 という表現に相当します。

優性と劣性の分子メカニズム

それでは、変異や多型で異なる遺伝子構成を持つ対立遺伝子が、どうして 優性になったり、劣性になったりするのでしょうか。 ここでは、簡単な例を用いて説明します。

ある自動車の組立工場が、2ヶ所のタイヤ工場から、ほとんど同じ量のタイヤの供給を受けている(納品されている)とします。 今、一方のタイヤ工場が生産を停止し てしまったとします。その工場からのタイヤ納品は無くなります。 しかし、他方の工場から納品されるタイヤでなんとか自動車の組立は続けることができます。 自動車の生産能力は半減します。カンバン方式を採用している今時の自動車工場では致命的でしょうが、 生物は、一般的に余力を持っており、半減しても 全体としては影響しない場合が多くあります。 このように、片方のタイヤ工場での生産中止が全体(自動車工場の組立全体)の維持には影響しない場合、 片方のタイヤ工場での生産中止は劣性であると言えます。 もちろん 生命現象には、半分ではだめ という場合もあり、たとえば、ハプロ不全 などとして知られています。 さらに考えましょう。両方のタイヤ工場とも生産停止してしまったらどうでしょう。組立に使用するタイヤが無くなって、もはや自動車生産は全くできなくなってしまいます。 ですから、 両方のタイヤ工場で生産中止となると、自動車工場の組立全体に影響することになります。

それに対して、今、一方の工場で、四角いタイヤを生産するようになった場合にはどうでしょう。 納品されたタイヤを生産工場別に保管するとか、あるいは1個1個検査する仕組みがあれば上記の劣性と同じになりますが、 納品されたタイヤがバラ積みされ、手近のタイヤを取り付けていくような組立工場では、ほとんどの車がどこかに四角いタイヤを履いていて、 動かない自動車ばかりを生産していくことになります。 (1台の自動車が4個のタイヤを必要とすれば、4個とも丸いタイヤを持つ自動車=動く自動車は、確率的に16台のうち1台だけです。)ですから、 四角いタイヤを作ってしまうということは、生産停止に比べて、はるかに著しい影響が生じます。 一方のタイヤ工場での変化が、直ちに全体(自動車工場の組立全体)に影響することになります。 つまり、四角いタイヤを生産することは、優性 です。

このような分子メカニズムをそれぞれ、機能喪失 loss of function  機能獲得 gain of function と呼びます。 遺伝病の発症メカニズムを分子レベルで明らかにしていく上で重要な考え方です。