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毎月勤労統計調査の統計学

全数調査は 全数調査ゆえの問題がある その一例を示す

本年(2019年)1~2月の議論の中で、全数調査こそ理想的であるなどという議論もあったかに思う。 別のところに記載したように、”全数調査”とは対象事業所すべてに”調査を依頼する”ということに過ぎなく、対象事業所から回答があるか否かは不確定であり、 対象事業者のすべてが”計算実算入”されることを意味しない。実際、大規模事業所の”有効回答率”がこれまで100%でないことは厚労省も認めている(少なくとも賃金構造基本統計調査では。 追加 厚労省が総務省への説明に使用したと思われる資料が見つかった。000607313.pdf それによると、平成29年 500人以上の事業所全国レベル(調査産業計)で80.8%、大分類Mでは47.6%と  認めていることが判明した。)  したかって、全数調査ゆえに別の問題が生じる。
私が気付いた顕著な一例を示そう。

毎月勤労統計調査 宿泊業大規模事業所の労働者数の推移に見られる大きな変動

例によって、毎月勤労統計における労働者数推移のグラフであるが、紫色の線が表すような大きな変動があり、経済の実態を反映した統計データとはとても思われなく、 異様としか言いようのない結果ではなかろうか。(注1)

この群の労働者数の減少は 全国平均給与額を100~200円押上げている

上記の労働者数が大きく変動しているのは、大分類M 宿泊業・飲食サービス業における 1000人以上の事業所群(AH  A群high 紫色)であり、比較として 500人から999人(AL  A群low 薄青色) の労働者数の変遷を示したものである。 詳細は後記するとして、重要な点を先に述べよう。この変動が毎月勤労統計における全国平均給与額に及ぼす影響(効果)である。

毎月勤労統計 宿泊業における大規模事業所の労働者数変動は全国平均給与額に影響する

この群、M宿泊業のA群では 大規模事業所にもかかわらず給与額が異常に低い。「決まって支給する給与額」は2012年以降16万円程度であり、より小規模の B群より低い。AH群の労働者数が減少すると、それに対応して平均給与額が増加していることがグラフから読み取れるだろう。
2017年6月のAH群の落ち込みを前後の月と比較して差分を計算すると、その月に(原因はともかく)除去された約45500人の労働者の「決まって支給する給与額」の平均額は 10万5千円程度と計算できる。その労働者数と平均給与額を全国平均に加えて計算すると、全国平均給与額を150円程度押し下げることになる。 同様に、2018年7月から12月の間の減少では200円程度影響がある。逆に言うと、M宿泊業におけるAH群の労働者数が減少した2014年2月、2016年10月から2017年4月、1か月おいて6月、そして2018年1月以降の2段階下げ(ただし2018年5月だけ復帰) に大きく減少した月は、全国平均給与額が0.05-0.08ポイント押上げられていたことになる。これも労働者数変化によるウエイトシフト効果による。と同時に、平均給与額が「平均」からずれた産業群における労働者数変化が大きく影響することに起因する。後者は「平均値」は重心であることを考えると理解できるだろう。
2019年1月以降、毎月勤労統計における平均給与額が前年同月比で減少傾向である。M宿泊業のAH群が8万人レベルを保つとしたら、今後4月以降も、5月を除き、本年一杯この前年同月比の 減少傾向にM宿泊業が寄与するだろうことがこのグラフから読み取れる。5月分の速報値は7月9日に発表されるはずで(日付訂正した)、参議院選挙前の最後の公表値となる事が予定されている。(前年同月比が)増加に転じたり、減少傾向に歯止めがかかったりしたら、いや何はともあれ、M宿泊業の大規模事業所の労働者数をチェックしたいものだ。

中分類での解析

大分類Mは宿泊業・飲食サービス業であり、中分類75 宿泊業、 中分類76 飲食店、 中分類77 持ち帰り・配達飲食サービス業 の3つの産業区分で構成される。
分類が進むと秘匿値が多くなるが、差から解読したので、それぞれの労働者数の変遷(2016年1月から2019年2月まで AHとAL群)を示す(注2)。

毎勤 中分類M75宿泊業の大規模事業所の労働者数の変遷
毎勤 中分類M76飲食店の大規模事業所の労働者数の変遷 変動が大きい
毎勤 中分類M76配達飲食サービス業の労働者数の変遷 変動が大きい


中分類75 宿泊(旅館ホテルなど)の労働者数では、2017年後半からAL群(500人以上999人まで)で漸増し、2018年1月のベンチマーク更新によってAH群(1000人以上)が減少している。 AH群のホテル・旅館の一部に廃業あるいは産業分類の変更を伴う転業した可能性が考えられるが、経済の実態を反映した結果であろうと(一応)納得できる。
それに対して、中分類77と中分類78では、短期間の極端な変動があり、大きく減少した時には0人となっている。

M76あるいはM77のAH群を構成する事業所が単一であれば、その事業者が調査票を回答しなかった場合には起こりうる現象であるが、M76では45500人規模、M77では2017年までは 5000人程度、2018年以降は28000人規模の事業所があるのだろうか。もし複数の事業所から構成されているとしたら、一斉に”回答しない”ということがありうるのだろうか? そもそも、これらの事業種で、会社規模としての1000人以上の従業員(パートを含む)は四季報にも記載されているが、支店などの拠点単位で、1000人以上の労働者となるような飲食店や配達飲食サービス業など、私には想像することすらむずかしい。 本ページは毎月勤労統計の統計学視点からの解剖であり、経済の解剖ではないので、統計学の問題点として、全数調査に伴う回収率(有効8回答率あるいは計算実算入)の問題として 指摘するだけにとどめておく。

毎月勤労統計と姉妹関係にある賃金構造基本調査では、厚労省が「バーやキャバレーを意図的に除外していた」との報道がなされている。産業構造分類でによるとバー・キャバレー・ナイトクラブは 中分類76に含まれることになっている。よって、グラフに示したような労働者数の変化が ”意図的な操作”でないことを信じるのみである。

2019年5月部分速報値での帰結

本日、2019年5月部分速報値が発表された。前年同月比は、現金給与総額でマイナス0.2%、決まって支給する給与額でマイナス0.4%だった。
大分類M宿泊業のA群の労働者数は、本年1月2月には14万人レベルであったが、3月以降約10万人程度に落ちている。特に、中分類M76飲食店は本年1月2月には5万人弱であったが、3月4月には6千人台となり、5月分速報値では「該当なし」、つまり0人となった。このような変動が実際の経済を反映した数字であるとはとても思われない。この労働者数の変動が平均給与額に及ぼす影響はこのページに記載した。

マスコミに対してその姿勢に苦言

賃金構造基本調査において、厚労省は「バーやキャバレーを意図的に除外していた」と報道した時、その結果どのような効果が生じるのか、マスコミはなぜ報道しなかったのだろうか?
賃金構造基本調査の目的は毎月勤労統計調査と多少異なるが、このページで見るように、平均給与額の低い業種である。もっとも、パートタイムが多く、労働総時間が短いことにも関係がある。 除外結果は賃金上昇効果を生むことに変わりがない。 実態はともかく、統計的には。
また、賃金構造基本調査で”意図的操作”が行われていたとしたら、毎月勤労統計調査ではどうなのかと、なぜ自ら調べなかったのだろうか?
ちなみに私はその報道を受けてバーやキャバレーを含む分類について調べて見出したのではない。A群は全数調査とされているが、そこに補正が加わっているのか否かを 調べている途中に、A群において2017年5月-6月-7月の異様な労働者数の変動(6月、つまりボーナス月に大幅減少=統計上の給与額押上げ)に気付いたのがきっかけである。

繰り返して言いたい。統計数値は条件によって変動する。統計の成り立ちから考え、その意味するところを読み解く必要がある。
毎月勤労統計調査では、全国平均給与額はその計算過程でウエイトとして機能する労働者数に依存するため、平均給与額だけにとらわれることなく 労働者数の変化にも注意を払うべきである。このことは最初に結論で述べたことである。 全数調査と称しても(おそらくは)”有効回答(率)”に起因する上記のような大変動が起こりうる。全数調査=抽出率1ですから と言ってすまされる問題ではないのだ。 統計誤差にも影響する問題であるが、厚労省の”標準誤差率”の説明が良くわからない(一見正当、熟慮するとおかしい)ので、今はそこまでは踏み込まないことにする。

最後に、大分類M宿泊業の AからDの4群の労働者数の推移をつけ足しておく。

毎月勤労統計調査 M宿泊業の労働者数の推移