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空間と時間を表す用語

NHK番組 「チコちゃんに叱られる」でのテーマ 鏡はなぜ左右逆に映る?の回答を求めて順次進めている。 前ページで 上下軸まで説明した。次は 前後軸である。

前後

上下に続いて規定されるのは前後である。前とは(第一義的に)ヒトの視線の方向であり、後はその逆方向である。
しかし、生物学的に言うと、前とは 生物体の運動方向(進む方向)である。 そこに主要な感覚器が集まることが進化的に優位となり、結果的に、多くの生物体では主たる運動方向と感覚信号の入力部位とが一致することになった。 ヒトでは感覚情報(つまり、外部からの入力信号、環境を認識する情報)の80から90%を視覚に依存していると言われている。 それほど眼は重要な感覚器官である。また、単眼複眼を含め生物の多様な眼の起源は単一であったことが遺伝子研究で示されている。
生物体の運動方向はその時々で変わるので、前後軸は状況次第で方向が大きく変わる。

私の現役時代の主要目的は遺伝子研究を通じてヒト疾患の原因解明から将来的な治療を探索するということであり、DNA/遺伝子の解析技術の医学への応用であった。 対象疾患は私としては全くこだわりがなく、機会に応じて、研究室に参加する人の興味次第に任せていた。 (当時の)国立小児病院眼科 東医長が参加し、眼の形成に関わるPAX6やEYA1遺伝子研究を行う中で、眼に大変興味を持つに至った。 そうした経験から、次の一般向け本を紹介したい。
「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」アンドリュー・パーカー (著)渡辺・今西(翻訳)草思社2006年

頭足類の視野方向と運動方向

ところで、イカやタコの類は頭足類と呼ばれ、頭部に足が生えた構造体を作っている稀な生物群である。頭部から足の付いた側と反対側が胴体であり、内部に内臓が詰まっている。 また胴体の先端(個体として、足先と反対側)に付いた三角形状のひらひら部位を俗に耳、エンペラ等と呼ぶ(学問的には、魚と同じく、ひれ と呼ぶのだそうだ。 また 足は腕だそうだ)。私はイカの群れが海面から飛び跳ねる様子を子供の頃に見たことがあり、大変印象的であった。そこでは、「エンペラ」を先頭に、足を後方に流して跳んでいた。 後に、頭部と胴体の付け根あたりに位置する漏斗管(ろうとかん)から水を噴出させ、その反動で進むジェット推進の仕組みを知った。 一方で、イカの10本の足の内2本が少し長く、それを触腕と呼び、獲物を捕らえる役割があることも本で読んで知った。 しかし、イカの眼は頭部にあり、運動と捕食の関係が良くわからないまま過ごしてきた。相当な年月を経て、イカ、特にコウイカの捕食時の映像を見てようやく納得できた。 コウイカの捕食時には10本の足を閉じて、いわば三角錐の形状を取り、エンペラをゆらゆらさせながらバランスとりつつ餌にゆっくり接近する。 その時、両眼は、顔面を形成するとまでは言えないものの、丁度飛行機のコックピットの窓位置にあって、獲物への視界は良好である。 捕食の瞬間に触腕がスーッと伸びる。これなら視線方向と捕食運動の方向とが一致することが納得できた。 漏斗管でのジェット噴水は素早い動きに使っているようだ。
私は動物の生態学や解剖学に詳しくはないので、この部分の記述に誤りがあれば御指摘いただきたい。

前後(軸)の特徴

さて前後の話に戻る。前後にはまず「軸」という用語でなく、「方向」を使った。軸という(数学的意味での)線より、多少なりとも領域を意識した「方向」を使用した。 前後の概念をはじめから領域として捕らえる考え方もできるが、私の考えは線的・領域の中間的なイメージだ。

前後方向には概念的に中心(前と後が切り替わる点/面)があるが、その位置は必ずしも絶対的ではない。 ある人(の個体、垂直に立ったとする)の前方向の最先端、例えば顔面の位置であったり、あるいは胴体の厚みの中心とすることもでき、また最後部である背中に位置することもできる。 さらに姿勢を変えた時にも前後の中心位置(切替の位置)は意識上変わるだろう。
すると、前にも後にも含まれない領域が存在することになってしまう。都合が良いことに「」という概念があり、この空白を埋めることになる。 前後と横の領域の境界は、人それぞれ、また状況によって多少変化しながら使用されていると考える。


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